山本多津也 (2019).『読書会入門 人が本で交わる場所』幻冬舎新書.

Twitterで流れてきて何となく手にとったけれども、結果として読書会っていいなあと思わされたよい本だった。

著者は「猫町倶楽部」という日本最大規模の読書会を主催されている方。地方に住んでいると、こういった会に参加できる機会が限られてしまうのだが、大規模読書会がどのような体制で運営されているのかには興味があった。本書によると、筆者が開催している読書会では、事前に指定された課題図書を読んでくることになっている。そして、読書会では、読んできた本について自分の考えを話して共有する。この際に、他者の考えや意見を否定しないことが唯一のルールとなっている。課題本は主催者である山本氏によって選定されている。選書の基準は、古典や名著から選書するようにしていること、一人で読むには中々ハードルが高そうな本であることが挙げられている。このような読書会を通して、多面的なものの見方を養い、曖昧さを抱え続けること耐性を身につけること、自分の考えを客観視できること、アウトプットの機会をもつことで、インプットの理解が深まることなどが効用として挙げられた。

この読書会が面白いと感じさせるのは、読書会の中の「遊び」の部分である。実際、本書の第4章は「読書は遊べる」というタイトルになっている。この読書会では、(本のイメージに合わせて、ということだと思うが)ドレスコードを設定し、ベストドレッサー賞を決めたり、読書会にゲストを招いたり、その後にダンスを行ったりと、実際に本を読むこと以外の「楽しみ」の要素を取り入れている。研究関連の勉強会では、このような「遊び」がある会というのはほとんど見られない(自分も「遊び」があるタイプの人間ではない)が、よく考えてみれば、中身が濃いディスカッション等ができても、生真面目さだけでは息が詰まってしまう。ましてや、中身があろうがなかろうが、無駄な「権威」を振りかざすような会では、学びもほとんどないだろうし、何のために会を開催しているのか分からなくなる。フラットな関係で適度な遊びがあることで、楽しんで会を主催したり参加したりできるというのは、自明のことのようで中々実践は難しいものである。

実際、「猫町倶楽部」の主催者もこの点を強く意識しているのは第5章「読書会は居場所になる」を読むとよく分かる。筆者は読書会を一つのコミュニティとして運営する際に、自分がやりたくないことはやらないこと、読書会のメンバーにヒエラルキーを作らないこと、参加者を囲い込まないこと、考えの違う人を排除しないことなどを意識しているとのことである。また、読書会の主催は尊敬される必要がなく、初めて参加する人も常連の人も同じように居心地のよい場所を提供することを意識しているとのことである。

アカデミックな研究だと、論文を一緒に読んだりすることがある。ジャーナルクラブと呼ばれることもあるようである。

思えば、学生の頃のゼミでは、こういった読書会が行えていたんじゃないか。ゼミでは、少人数だったこともあり、学生と教員という関係を感じさせず、フラットな立場で議論に付き合っていただいていた。今となってはとても充実した時間だったと感じる。今だったら実践者による研究(practitioner reserach)やタスクに関する読書会、ジャーナルクラブをやってみたいと思う。自分が文献を定期的に読む機会が増えそうだし、人と研究についてディスカッションができる場面も増えそう。しかしながら、当面は、いろいろな仕事をこなしつつ、ブログやEvernoteなどのメモソフトにまとめて、「一人読書会」となりそうである。

堀正岳(2018).『知的生活の設計ー「10年後の自分」を支える83の戦略』KADOKAWA

ちょっと前に出版されてkindleで買った本。内容が気に入ったので、再度紙でも購入。今回改めて再読したので3回読んだことになる。僕にしては珍しく3回も読んだので、考えたことをメモしておこうと思う。

本書は、現代において知的生活を行うための考え方とノウハウが5つの観点から書かれている。5つの観点とは、

  • 自分の「積み上げ」の設計
  • パーソナルスペースの設計
  • 発信の場所の設計
  • 知的ファイナンスの設計
  • 小さなライフワークの設計

である。端的に言えば、将来何を成し遂げたいか、どのような地点に到達したいかを意識して、日々積み重ねていくことを設計していくこと(知的積み上げ)、知的積み上げを行うためのアナログ(書斎等)・デジタル面の環境を整備していくこと(パーソナルスペース)、情報整理と情報発信のための戦略を考えること(発信場所)、自分の知的生活のパターンを意識したり、新分野の開拓にかける時間を設計するなど、小さなライフワークを設計すること、知的生活のための長期的な投資プランを検討すること(知的ファイナンス)についてノウハウが書かれている。

本書に限らず、著者の堀氏の考え方で気に入っているのが、少しずつ「積み上げる」ということである。ここ数年、研究の積み上げがほとんどできていなかったと感じているので余計に気になっていたのかもしれない。積み上げは、たとえ日々のタスクは少量でも、年間や月間に直すと結構な差がつくものである。論文購読を例に出すと、2日に1本読めれば、年間で150本以上読めることになる。1日1本欠かさず読めたら年間で300本を超える論文を読めることになる。1本も読まなければ、1年経っても0本なのである。こう考えると、毎日少しずつ読むことって大事だなあと。そういった日々の積み上げがここ最近ずっとできていなかったことを改めて考えさせられた。

研究に関してはやみくもに読み進めてもダメなので、きちんと「積み上げの設計」をしなきゃいけない。そのためには、何を知りたいのか、何を成し遂げたいかを明確にする必要があり、そのトピックに関連した文献を集めてから読みに入る必要がある。つまり、長期的な戦略を考えて読みの設計をしなきゃいけない。そうなると、アドラー ・ドーレン(1997)の「シントピカル読書」を意識することになる。。。って、書いててこれって研究の基本的なところじゃないかとツッコミが入りそうだけど、自分が日々の忙しさにかまけて基本が疎かになっていたと反省している。

知的積み上げは仕事のことだけじゃなくて、音楽や映画などにも当てはまると堀氏は述べている。堀氏によると、我々は音楽なんかも意外と決まったものしか聴いていないのだと述べており、僕の場合、実際そのとおりだという実感もある。こういった側面まで「積み上げ」と書くとかなり硬い感じになってしまうが、意識して音楽や映画も新しいものに触れていかないと自分がアップデートされていかないということを考えさせられた。

前期も終わりに近づいてきたし、この夏は、今年入ってからの目標であったインプットの夏にしたいなあ。本業では「積み上げ」を意識しつつ、私的な読書の方では新しいものに触れていくという観点で色々と読めるとよい。ということで、積み上げた本はこの夏の課題図書にしようと思っている。特に統計は基礎から学習し直したい。知識をアップデートしたいなあと。あまりこういったものを公開するのもどうかと思うが、ブログに書くことで自分を追い込んで読むための発奮材料としようと思う。

発表資料@関西英語教育学会2019年度(第24回)研究大会

関西英語教育学会2019年度(第24回)研究大会にてお話しさせていただいた「英語教師のための実践研究法:自身の実践を対象に研究を行うためのポイント」のスライドを共有させていただきます。

発表後、たくさんの先生方に声をかけていただき、様々なコメントをいただけて大変ありがたく思っています。自分の中での新たな気づきもありました。実践研究もそうですが、ふと立ち止まって、自分の実践を振り返るきっかけにしてもらえていたらいいなあと思います。